名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

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ダイタクヘリオスのイメージビジュアル
ダイタクヘリオスDaitaku Helios
Daitaku Helios

ダイタクヘリオス

通算成績35戦10勝

獲得賞金68,320万円

生年月日 1987.04.10(昭和62年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ダイタクヘリオスの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
12 GI有馬記念 中山 芝2500 7人気 岸滋彦 2:34.8 上り38.6映像
4 GIスプリンターズS 中山 芝1200 1人気 岸滋彦 1:08.1 上り34.9映像
1 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 2人気 岸滋彦 1:33.3 上り46.6映像
8 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 3人気 岸滋彦 1:59.2 上り38.4映像
1 GII毎日王冠 東京 芝1800 4人気 岸滋彦 1:45.6 上り35.5
5 GI宝塚記念 阪神 芝2200 2人気 岸滋彦 2:20.6 上り54.0映像
6 GI安田記念 東京 芝1600 1人気 岸滋彦 1:34.2 上り36.7映像
4 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 2人気 岸滋彦 1:22.0 上り35.8
1 GII読売マイラーズカップ 阪神 芝1600 2人気 岸滋彦 1:36.2 上り48.7
5 GI有馬記念 中山 芝2500 9人気 岸滋彦 2:31.3 上り36.7映像
1 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 4人気 岸滋彦 1:34.8 上り46.8映像
9 GIIスワンS 京都 芝1400 4人気 岸滋彦 1:21.6 上り46.9
2 GII毎日王冠 東京 芝1800 5人気 岸滋彦 1:46.2 上り36.5
1 GII高松宮杯 中京 芝2000 5人気 加用正 1:59.4 上り36.5
5 GIICBC賞 中京 芝1200 2人気 岸滋彦 1:11.4 上り36.6
2 GI安田記念 東京 芝1600 10人気 岸滋彦 1:34.0 上り35.9映像
6 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 5人気 岸滋彦 1:22.2 上り36.0
4 GIIIダービー卿チャレンジ 中山 芝1200 1人気 岸滋彦 1:09.5 上り36.0
1 GII読売マイラーズカップ 中京 芝1700 4人気 武豊 1:41.2 上り36.3
4 OP淀短距離S 京都 芝1200 2人気 岸滋彦 1:09.8 上り46.3
5 GIスプリンターズS 中山 芝1200 4人気 岸滋彦 1:08.5 上り35.9映像
4 OPシリウスS 中京 芝1200 3人気 上野清章 1:10.3 上り36.9
17 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 12人気 田島良保 1:35.5 上り47.2映像
2 GIINZT4歳S 東京 芝1600 1人気 岸滋彦 1:35.1 上り37.6
1 OP葵S 京都 芝1400 2人気 岸滋彦 1:23.6 上り48.8
1 GIIIクリスタルC 中山 芝1200 2人気 岸滋彦 1:09.0 上り35.8
11 GIIフジTVスプリングS 中山 芝1800 8人気 岸滋彦 1:51.3 上り40.9
6 GIIIきさらぎ賞 阪神 芝2000 4人気 岸滋彦 2:05.2 上り52.0
2 GIII日刊スポシンザン記念 京都 芝1600 4人気 岸滋彦 1:36.1 上り47.6
2 GI阪神3歳S 阪神 芝1600 4人気 武豊 1:35.7 上り49.6
1 さざんか賞 阪神 芝1400 1人気 田島良保 1:22.9 上り48.7
4 GIIデイリー杯3歳S 京都 芝1400 6人気 岸滋彦 1:23.8 上り48.6
1 3歳新馬 京都 芝1600 3人気 岸滋彦 1:36.3 上り49.0
2 3歳新馬 京都 ダ1200 1人気 岸滋彦 1:14.0 上り49.8
3 3歳新馬 京都 芝1400 3人気 岸滋彦 1:24.7 上り48.5

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ダイタクヘリオスの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ビゼンニシキダンディルートLuthier
Dentrelic
ベニバナビゼンミンスキー
カツハゴロモ
ネヴアーイチバンネヴァービートNever BeatNever Say Die
Bride Elect
ミスナンバイチバンハロウエーHarroway
スタイルパツチStyle Patch
STORY

旅程 — この馬の物語

1987年生まれの黒鹿毛の牡馬。父ビゼンニシキ、母ネヴアーイチバン。主な勝ち鞍はマイルチャンピオンS・クリスタルC・読売マイラーズカップ。

太陽の名前

1989年10月7日、京都の芝1400メートル。三番人気で三着。二週間後のダート1200メートルでは一番人気に推されて二着。三度目の新馬戦、10月29日の京都芝1600メートルで、ダイタクヘリオスはようやく勝った。鞍上はデビュー二年目の岸滋彦だった。 名前の前半は馬主・中村雅一の冠名、後半はギリシャ神話の太陽神からとられている。父は1984年の皐月賞でシンボリルドルフの二着に敗れたビゼンニシキ。母はネヴアーイチバンで、その母ミスナンバイチバンは、もう一頭の娘カブラヤを通じて1975年の二冠馬カブラヤオーを世に出した牝馬でもある。カブラヤオーは他馬を怖がるあまり、逃げるしかなかった馬として知られる。血の遠いところに、走り方を自分で決めてしまう馬がいた。 年末の阪神3歳ステークスで、ダイタクヘリオスは二着に入った。コガネタイフウとの差はアタマ。このとき手綱を取っていたのは武豊である。岸が乗らなかったのは、同じレースに別の厩舎の馬で出ていたからだ。管理する梅田康雄は、自分の厩舎に所属する騎手に対して、よその厩舎の馬を優先して乗れと言い渡していた。岸はその方針に乗って騎乗数を増やし、この年、吉永忍厩舎のサンドピアリスでエリザベス女王杯を勝っている。自厩舎の期待馬の背中は、そうやって何度も他人に譲られた。

マイルを捨てた春

明けて1990年、陣営はクラシックを見ていた。1月のシンザン記念は二着。2月のきさらぎ賞は不良馬場の2000メートルで六着。3月のスプリングステークスは1800メートルで十一着、勝ち馬から2秒4も離された。距離が延びるほど、この馬は走らなくなった。 夢を畳んで短いところへ回すと、答えはすぐに出た。4月、稍重の中山1200メートルで行われたクリスタルカップで重賞初勝利。翌月の葵ステークスは59キロを背負って連勝した。 6月のニュージーランドトロフィー4歳ステークスは、この馬の乗り方を決めた一戦になる。前が飛ばし、最初の三ハロンが34秒1、五ハロンが57秒1という常識外の流れになった。普通なら、二番手の騎手は手綱を引いて脚をためる。岸はためなかった。引けばこの馬は歯向かうと知っていたからだ。終いの二ハロンは12秒4、13秒0まで落ち、先行勢は総崩れになった。そのなかで二番手にいたダイタクヘリオスだけが残り、二着に粘った。 ただ、発見は一度では根づかない。秋、11月のマイルチャンピオンシップでは十二番人気の十七着に沈んだ。鞍上は田島良保。岸はその日、東京でサンドピアリスに乗っていた。

勝てない一年半

1991年2月24日、中京のマイラーズカップ。岸は騎乗停止で乗れず、鞍が空いた。回ってきたのは武豊だった。ダイタクヘリオスはハナから飛ばし、二着に五馬身の差をつけてレコードで駆け抜けた。本命と目されていたホリノウイナーが出走していても危なかったかもしれない、と武はレース後に語っている。 次のダービー卿チャレンジトロフィーは武の継続騎乗が内定していた。岸は陣営に頼み込み、主戦の座を自分の手で取り戻す。取り戻して、また勝てなくなった。ダービー卿は一番人気で四着。京王杯スプリングカップは六着。5月の安田記念では十番人気まで評価を落として二着に粘ったが、ゴール手前でダイイチルビーにかわされ、0秒2届かなかった。 7月の高松宮杯は、岸が佐山優厩舎のトーワルビーで同じゲートに入った。ダイタクヘリオスの手綱は、梅田の弟弟子である加用正に託される。トーワルビーが逃げ、その直後にダイタクヘリオスがつけた。四コーナーで二頭が並び、直線では外から一番人気のダイイチルビーが迫ったが、ハナ差だけ凌ぎ切った。重賞三つ目。岸のトーワルビーは七着に終わっている。 武が乗れば勝つ。加用が乗れば勝つ。岸が乗ると勝てない。葵ステークスから一年半、そういう並びが続き、周囲は遠慮なくそう言った。

鼻の上で交わる革

10月の毎日王冠は、稍重の東京1800メートル。五番人気で先行し、直線で粘ったが、プレクラスニーに0秒1かわされて二着だった。 その走りを見た岡部幸雄と小島太が、レースのあとで梅田に声をかけた。スピードは凄い、口さえ開かなければ、と。ダイタクヘリオスはハミの受けが悪く、舌をハミの上に越し、口を開けたまま走っていた。首を高く上げる癖もあった。全身が伸びず、直線でもうひと押しが利かない理由がそこにあった。岡部が勧めたのは、鼻の上で革が交差する型の鼻革である。 次のスワンステークスから、鼻革とハミ吊りを着けて走った。結果は九着。効いているようには見えなかった。 三週間後が、マイルチャンピオンシップだった。

坂を下る

十一月十七日、京都は晴れ、芝は良。四番人気の背に、梅田はひとつだけ指示を出していた。ハナへ行くな。 ゲートが開く。前で速い流れができても、岸は前へ動かなかった。ふたつ目の区間で流れは十一秒台に入り、三つ目でまた十二秒台へ緩む。隊列が固まる。 京都の三コーナーは、そこから下り坂になる。馬は放っておいても加速する。手綱を引けば歯向かう馬にとっては、待っていた場所だった。 三コーナーの通過順に、この馬の番号は先頭の三頭のなかにある。下りにかかっても区間は緩まない。十一秒台のまま、そこからゴールまで刻まれ続けた。流れは、もう誰の手にも戻らない。抑えられない馬にとって、これ以上の場所はなかった。 四コーナーの通過順に並ぶ数字は、ひとつだけ独立している。前にいた二頭は、坂を下りるあいだに置き去りにされていた。直線を向いたとき、後ろとのあいだには、追いつくには広すぎる空白があった。 残り二百メートルで脚は鈍った。それでも二馬身半が残った。口は開いたままだった。 岸にとって三つ目のGIで、所属する厩舎に届けた最初のGIだった。胸に込み上げるものがあった、泣きそうだった、と彼は後年振り返っている。梅田はそのあと、これから先ヘリオスが出走する日には、よその厩舎の馬に乗ってはならないと岸に言い渡した。二年前に他人へ譲られた背中が、そこで岸のものになった。

嵐を呼ぶ

一か月後の有馬記念に、九番人気で出走した。ツインターボが後続を大きく離して逃げる展開のなか、ダイタクヘリオスは三コーナーでその背中に並びかけ、四コーナーでは先頭の一角にいた。2500メートルである。そこへ十四番人気のダイユウサクがレコードで飛んできて、勝ち時計は一気に書き換えられた。ヘリオスは五着、0秒7差。鼻革は、この距離でも馬を保たせていた。 1992年3月の阪神マイラーズカップは、60キロを背負っての参戦になった。前で刻まれる速い流れを四番手で見ながら、四コーナーで抜け出して五馬身。連覇である。 ところが5月の安田記念では一番人気に推され、六着に沈んだ。6月の宝塚記念は、逃げるメジロパーマーの二番手で直線を向きながら伸びず五着。 一番人気に推されたのは、生涯で六度ある。勝ったのは三歳暮れのさざんか賞、ただ一度きりだった。

二度目の京都

秋は10月11日の毎日王冠から始まった。十一頭立ての最内枠、59キロ。本馬場入場で岸を振り落とすひと幕がありながら、ゲートを出ると迷いなくハナを切り、ラッキーゲランを二番手に従えて、二ハロン目を11秒1、三ハロン目を11秒3で通過した。直線でイクノディクタスナイスネイチャに詰め寄られながら半馬身残し、勝ち時計1分45秒6は、1986年にサクラユタカオーが刻んだこのコースの記録を0秒4縮めた。重賞六勝目である。 三週間後の天皇賞(秋)で、その速さが牙になって返ってきた。同じく先手を欲しがるメジロパーマーが並びかけ、二頭は譲らなかった。二ハロン目10秒7、三ハロン目11秒0、四ハロン目11秒2。東京の2000メートルでその数字が並べば、終いは必ず落ちる。落ちた。最後の三ハロンは12秒台の半ばから後半へ沈み、ダイタクヘリオスは八着、メジロパーマーは十七着。共倒れという言葉そのものの結末だった。 11月22日、京都。十八頭立ての大外十八番。一番人気は四連勝中の四歳牝馬シンコウラブリイで、ダイタクヘリオスは二番人気だった。梅田の指示は前年と同じ、ハナへ行くな。 三コーナーで、イクノディクタス、ホリノウイナーと三頭が横に並んだ。そして坂を下りきった四コーナーで、通過順の先頭にはまた、この馬の番号だけが記されている。追ってきたシンコウラブリイに一馬身半。1分33秒3は、二年前にパッシングショットが出したレースレコードを0秒3上回った。 マイルチャンピオンシップの連覇は、1984年と85年のニホンピロウイナーに次いで史上二頭目。そして翌年このレースを勝つのは、この日一馬身半だけ届かなかったシンコウラブリイである。

もう一度、見たい

馬主の中村雅一は、この頃すでに病床にあった。まだ走らせたいと望んだが、梅田は、馬産地が種牡馬としてこの馬を待っていること、そして機械でいう金属疲労のようなものが馬体に溜まっていることを説いて、この年限りの引退を決めた。 引退レースは12月20日のスプリンターズステークス。一番人気に推され、後方から進んで伸びず、四着。これで終わりのはずだった。 終わらなかったのは、入院中の中村が、病室のテレビでもう一度だけ走る姿を見たいと望んだからだ。連闘で、12月27日の有馬記念に名前が載った。 中山の2500メートル。道中はメジロパーマーとダイタクヘリオスの二頭が後続を引き離し、三コーナーでは馬体を並べたまま、うしろの馬群とのあいだに大きな間隔ができていた。中盤で13秒0まで緩んでいた流れは、残り1000メートルを切ると11秒4、11秒1へ跳ね上がった。二頭が引き裂いた流れだった。メジロパーマーはそのまま逃げ切って有馬記念を勝ち、ダイタクヘリオスはかかったまま失速して十二着に終わる。 翌1993年1月31日、京都競馬場で引退式が行われた。岸を背に、連覇の日と同じ十八番のゼッケンをつけて直線を走り、ニンジンで編んだレイをかけられた。中村雅一は1994年10月24日、五十三歳で世を去っている。二十年の馬主歴で、夢だったクラシックには手が届かなかった。 引退後は種牡馬になった。放牧地でよく寝転がり、乾いた泥で黒鹿毛が芦毛のように見えたという。産駒のダイタクヤマトは、2000年のスプリンターズステークスを、十六頭中の最低人気で勝っている。父にいちばん似ていたのは、その勝ち方だったのかもしれない。 岸滋彦は2003年1月に騎手免許を更新せず現役を退き、梅田厩舎の調教助手になった。のちに笹田和秀厩舎へ移り、いまも朝の馬に跨っている。ダイタクヘリオスは2008年12月12日の早朝、功労馬になった直後に、青森県八戸市の牧場で息を引き取った。放牧に出そうとした人が、すでに動かなくなった体を見つけた。 まともに乗れたらどれだけ強い馬だったろう。岸は後年、そう振り返っている。けれど、まともに乗れた日は、ついに一度も来なかった。来なかったからこの馬は覚えられている。人気を背負った日は走らず、背負わなかった日に三度、時計を書き換えた。京都の坂を下りながら、口を開けたまま先頭に立った。 最後の一戦は、勝つために選ばれたレースではない。見たいと望まれて、その馬はいつもどおり、口を開けて先頭を走っていった。

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