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カツラギエース
通算成績22戦10勝
獲得賞金3億7,250万円
生年月日 1980.04.24(昭和55年)毛色 黒鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 3人気 | 西浦勝一 | 2:33.1 | 映像 | |
| 1 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 10人気 | 西浦勝一 | 2:26.3 | 映像 | |
| 5 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 2人気 | 西浦勝一 | 1:59.5 | 映像 | |
| 1 | GII毎日王冠 | 東京 芝1800 | 3人気 | 西浦勝一 | 1:47.5 | — | |
| 5 | GII高松宮杯 | 中京 芝2000 | 2人気 | 西浦勝一 | 2:04.4 | — | |
| 1 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 1人気 | 西浦勝一 | 2:12.2 | 映像 | |
| 1 | GIII京阪杯 | 京都 芝2000 | 1人気 | 西浦勝一 | 2:02.1 | — | |
| 1 | GII大阪杯 | 阪神 芝2000 | 1人気 | 西浦勝一 | 2:00.6 | — | |
| 4 | GII鳴尾記念 | 阪神 芝2500 | 8人気 | 西浦勝一 | 2:35.1 | — | |
| 20 | 八大競走菊花賞 | 京都 芝3000 | 2人気 | 西浦勝一 | 3:12.6 | 映像 | |
| 1 | 京都新聞杯 | 京都 芝2000 | 2人気 | 西浦勝一 | 2:02.0 | — | |
| 2 | 神戸新聞杯 | 阪神 芝2000 | 1人気 | 崎山博樹 | 2:01.1 | — | |
| 2 | 中京4歳特別 | 中京 芝1400 | 1人気 | 崎山博樹 | 1:23.7 | — | |
| 6 | 八大競走東京優駿 | 東京 芝2400 | 3人気 | 崎山博樹 | 2:30.7 | 映像 | |
| 1 | NHK杯 | 東京 芝2000 | 9人気 | 崎山博樹 | 2:02.9 | — | |
| 11 | 八大競走皐月賞 | 中山 芝2000 | 7人気 | 崎山博樹 | 2:10.4 | 映像 | |
| 1 | 春蘭賞 | 阪神 芝2000 | 4人気 | 崎山博樹 | 2:04.5 | — | |
| 13 | 4歳S | 京都 芝1600 | 3人気 | 崎山博樹 | 1:39.8 | — | |
| 3 | ラジオたんぱ賞3歳S | 京都 芝1600 | 3人気 | 崎山博樹 | 1:36.6 | — | |
| 1 | りんどう特別 | 京都 芝1200 | 1人気 | 崎山博樹 | 1:10.3 | — | |
| 2 | 萩特別 | 阪神 芝1400 | 1人気 | 崎山博樹 | 1:23.1 | — | |
| 1 | 3歳新馬 | 阪神 芝1200 | 6人気 | 崎山博樹 | 1:10.4 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父ボイズィーボーイ | King's Troop | Princely Gift |
| Equiria | ||
| Rising Hope | The Phoenix | |
| Admirable | ||
| 母タニノベンチヤ | ヴェンチア | Relic |
| Rose O'Lynn | ||
| アベイブリッジAbbey Bridge | Entente Cordiale | |
| British Railways |
旅程 — この馬の物語
1980年生まれの黒鹿毛の牡馬。父ボイズィーボーイ、母タニノベンチヤ。主な勝ち鞍は宝塚記念・ジャパンカップ・大阪杯。
三石の家族牧場 ― 開業祝いに贈られた馬
1980年4月24日、北海道三石町の片山専太郎牧場で黒鹿毛の牡馬が生まれた。三石は日高でも小規模な牧場の多い地域で、片山牧場も典型的な家族牧場だった。当時は息子の修夫婦が切り盛りしている。ここから出た馬の多くは地方競馬へ渡り、中央の重賞を勝った馬はまだ一頭もいない。 父ボイズィーボーイはイギリス生まれ。オーストラリアで種牡馬を務めたのち1978年に輸入されたが、1980年に死んで日本には二世代しか産駒を残していない。母タニノベンチヤは3戦1勝。四頭産ませても目立つ馬が出ず、生産牧場に見切られて競りに出された。その腹にいたのが、この馬である。母の母アベイブリッジは英国からの輸入馬で、日本での初仔タニノモスボローは福永洋一に最初の重賞をもたらしている。血の格がまるで無いわけではない。それでも、ひょろりとした馬体と地味な血統には、なかなか買い手がつかなかった。 見つけたのは福島の馬商・佐藤伝二だった。クライムカイザーやホワイトフォンテンを掘り当ててきた目利きである。1981年6月の市場で目を留め、数日後に片山牧場を訪ねて、夏の競りにもう一度出してほしい、次は必ず自分が落札するから、と頼んで帰った。8月の日高定期競り市。1000万円まで競り合うつもりでいたが、710万円で手に入った。 馬は大阪の馬主・野出長一のもとへ渡り、のちに息子の一三へ移る。預けられたのは栗東の土門一美厩舎。当時35歳、開業して二年目だった。土門の父・健司も調教師で、野出家の馬を預かってきた縁がある。父と父、子と子。二代がかりの縁で、この黒鹿毛は開業祝いとして一美に贈られた。
八馬身 ― 崎山博樹と、届かなかったクラシック
入厩してからも評価は上がらなかった。脚が長く、見栄えがしない。ダートの調教では動きが鈍い。ところが1982年9月19日、阪神の芝1200メートルでゲートが開くと、話がすっかり変わった。14頭立ての6番人気。鞍上は厩舎の準主戦・崎山博樹。八馬身をつけて圧勝した。 続く萩特別は2着、りんどう特別を勝ち、11月のラジオたんぱ賞3歳ステークスは3着。明けて1983年はクラシックを見据える。2月の4歳ステークスで最下位に沈んだあと、3月の春蘭賞を勝って皐月賞へ駒を進めた。 中山は不良馬場だった。果敢に前へ行ったが脚を取られ、ミスターシービーの11着。東京の馬場に慣らす目的で回ったNHK杯は9番人気の大外枠で、ここを強い勝ち方で制して重賞に手が届いた。そして日本ダービー。3番人気に推されながら6着に終わる。勝ったのは、またしてもミスターシービーだった。
主戦が替わる ― 西浦勝一という男
夏を越すと馬は変わった。秋初戦の神戸新聞杯はスズカコバンに僅差の2着。そこで手綱が移る。デビューから乗り続けた崎山はその年の調教師試験に合格しており、翌1984年2月に騎手を引退して調教師へ転じた。替わって鞍上に座ったのが、厩舎の主戦・西浦勝一である。 西浦は1951年、長崎の島原に生まれ、高知で育った。父・孫一は高知競馬の調教師だった。騎手になるなら地方より中央がいい ―― 父の勧めと伝手で紹介されたのが、阪神の土門健司厩舎である。つまり西浦は、カツラギエースを管理する土門一美の、父の弟子にあたる。 デビューは1969年。1年目は88戦2勝、2年目は83戦3勝と芽が出なかったが、師匠はよほどのことがない限り厩舎の馬に弟子を乗せ続けた。負けたときは怒られない。勝った日に呼ばれて、二時間も三時間も説教された。西浦には気が急いて早めに追ってしまう癖があり、土門健司はそこを繰り返し叱っては、仕掛けるタイミングの大切さを叩き込んだ。 乗り替わり初戦の京都新聞杯で、カツラギエースは逃げるリードホーユーを直線で捕らえ、6馬身差で突き放した。三冠に王手をかけていたミスターシービーは4着に沈んでいる。いよいよ本格化だと言われ、菊花賞では2番人気に支持された。だが3000メートルは長すぎた。先行から直線で失速し、21頭立ての20着。ミスターシービーがシンザン以来19年ぶりの三冠馬になったその日、カツラギエースは掲示板のはるか外にいた。
中距離のカツラギエース
菊花賞の惨敗で陣営は腹を決める。長距離はもう使わない。春は宝塚記念、秋はこの年から3200メートルより短い2000メートルに変わった天皇賞。目標を二つに絞った。 休み明けの鳴尾記念は8番人気で4着。一度使って臨んだ大阪杯を1番人気で快勝し、続く京阪杯はハンデ58.5キロを背負って勝った。2000メートルの重賞を二つ、いずれも突き放しての勝利である。 この年からグレード制が始まり、宝塚記念にGIの格がついた。ミスターシービーは休養中。春の天皇賞で上位を占めたモンテファスト、ミサキネバアー、ホリスキーは顔を揃えたが、ファンが選んだのはカツラギエースだった。単勝1.9倍の1番人気。阪神の直線で抜け出すと、スズカコバンに1馬身1/4の差をつけて先頭でゴールする。GI馬になった。 三週間後の高松宮杯は、直線で外へ振られたこともあって5着。それでも「中距離のカツラギエース」という言い方が、この春に定着した。
アタマ差の秋
秋初戦の毎日王冠に、菊花賞以来のミスターシービーが姿を見せた。南関東の三冠馬サンオーイも加わり、三強対決と書かれた一戦である。先に抜け出したのはカツラギエース。後ろから伸びてきたミスターシービーをアタマ差で抑え込み、勝ち切った。 ところが評判をさらったのは、届かなかった方だった。次の天皇賞・秋でカツラギエースは2番人気に落ちる。1番人気はミスターシービー。レースは最後方から追い込んだミスターシービーが1分59秒3のレコードで勝ち、カツラギエースは折り合いを欠いて5着に終わった。折り合いとは、行きたがる馬の気持ちと騎手の抑えが噛み合うことをいう。時計は1分59秒5。4着とはハナ差、勝ち馬とも0秒2しか違わない。上位五頭が0秒2の中にひしめく決着だったが、記録に残るのは着順である。大一番になると崩れる。そう見られても仕方のない秋だった。 天皇賞のあと、陣営はいったん、この年に新設されたマイルチャンピオンシップへ向かうと表明した。最終的にジャパンカップへ回る。府中に集まった目は二頭の三冠馬に向いていた。前年の三冠馬ミスターシービーと、菊花賞から中一週で乗り込んできた無敗のシンボリルドルフ。日本馬の出走は歴代最少の四頭だけだった。第1回から三年、この競走を勝ったのは外国馬ばかりである。パドックには「最強コンビ1-7一点日本の夢」と書かれた横断幕が下がっていた。二頭の三冠馬が入った枠をつないだ、枠連の一点買いである。その夢に、カツラギエースの名は入っていない。単勝は10番人気だった。
長い手綱と、白い覆面
西浦が考えたのは、いかにストレスを与えずに走らせるか、その一点だった。2400メートルを走り切れるかどうかは折り合いで決まる。ハミが口に当たらないように、当たらないように。そのためだけに、いつもより三十センチほど長い手綱を用意した。2000メートルを走らせるつもりで乗れば息はもつ。そう踏んでいた。 もう一つは、担当厩務員の原園講二の案だった。府中の大歓声で気を昂ぶらせないよう、耳の部分の皮を厚くした白いメンコを特注する。耳栓のようなものである。反対されれば外さざるを得ないから、調教師の土門にはレース当日まで黙っていた。 晴れ。芝は良。発走は午後三時二十分。 ゲートが開くと、白い覆面が先頭に立った。競りかけてくる馬がいない。人気馬同士が牽制し合ううちに、後続との差は勝手に開いていく。向正面で二番手まで十馬身。ミスターシービーはいちばん後ろにいて、その差は三十馬身にもなった。前半の1000メートル通過は61秒6。逃げているのに、息が入る。西浦が欲しかったのは、まさにこの時間だった。 三コーナーを回ったあたりで、後ろがようやく動いた。このままでは逃げ切られる。気づいた各馬が一斉に差を詰めにかかる。坂を下って直線へ。イギリスのベッドタイムが先頭で射程に入れ、シンボリルドルフ、アメリカのマジェスティーズプリンスも伸びてくる。府中の直線は、まだ四百メートル以上残っている。 そこで西浦が動いた。残り二ハロンめ、つまりゴールまで四百メートルから二百メートルのあいだに、カツラギエースが刻んだのは11秒3。ゆっくり運んだぶん、脚が丸ごと残っていた。逃げた馬がもう一度使う脚を、競馬では二の脚という。追い上げた三頭は、そこから一度も差を詰められなかった。 仕掛けるタイミング。十五年前、まだ勝てなかった若い騎手が、勝った日ほど長く叱られて覚え込まされたもの。それが世界の馬を相手に、府中の直線でただ一度、正確に置かれた。 一馬身半。2分26秒3。ゴール板を最初に過ぎたのは、日本で生まれ、日本で調教された馬だった。ジャパンカップの四回目にして、初めてのことである。
三強 ― 中山の二馬身
ジャパンカップのあと、この馬の引退が発表された。最後は有馬記念。シンボリルドルフ、ミスターシービー、カツラギエースの三頭は単枠指定を受けた。人気馬を一頭だけで一つの枠に入れる措置で、有馬記念で使われたのはこのときが初めてである。三強対決として報道は沸き、カツラギエースは3番人気に支持された。 中山でも果敢に逃げた。だが今度は、二番手にずっと岡部幸雄がいた。府中でノーマークのまま行かせてしまった反省から、シンボリルドルフはカツラギエースだけを見て走っている。直線、計ったように交わされた。二馬身差。シンボリルドルフの2分32秒8はレコードだった。 それでもカツラギエースは、3着のミスターシービーには先着している。ミスターシービーとの対戦成績は、これで五分になった。同年の優駿賞最優秀5歳以上牡馬に選ばれ、1985年1月、京都で引退式が行われた。
三度、届かなかった席
種牡馬としては3億3000万円のシンジケートが組まれたが、クラシックを狙える産駒は出なかった。中央の重賞を勝ったのは1991年のヤマニンマリーンだけ。産駒はダートに向く馬が多く、活躍の場は地方へ移っていく。東京ダービーのアポロピンク、エンプレス杯を二度勝ったヒカリカツオーヒ。牡より牝のほうがよく走った。同じ母から生まれた妹ラビットボールは、のちに中山牝馬ステークスを勝っている。2000年7月3日、療養先の三石の牧場で心臓発作のため死んだ。生まれた町だった。墓は冬沢牧場にある。 土門一美は2005年、57歳で亡くなった。カツラギエースのあともカツラギハイデンで阪神3歳ステークスを、オサイチジョージで宝塚記念を勝ち、GIを四つ手にしている。西浦勝一は1996年2月に騎手を引退した。6103戦635勝、重賞26勝。翌年に自分の厩舎を開き、テイエムオーシャンで桜花賞と秋華賞を、カワカミプリンセスで優駿牝馬と秋華賞を勝って、牝馬三冠競走をすべて制した八人目の調教師になる。ホッコータルマエではダートのGIを次々に獲り、2021年、定年で厩舎を閉じた。 土門は、ジャパンカップに勝つなど考えたこともなかった、夢を見ているようだ、と語っている。けれど、あれは夢ではない。父が弟子に十五年かけて教え込んだ仕掛けの一呼吸があり、三十センチ長い手綱があり、耳の皮を厚くした白いメンコがあった。用意できるものは全部用意して、あとは馬に委ねた。翌年のジャパンカップは、府中でカツラギエースを捉えられなかったシンボリルドルフが勝ち、2着にも日本の馬が入った。 三度、日本の馬はその席に届かなかった。四度目にそこへ最初に腰を下ろしたのは、日高の小さな家族牧場から出た、買い手のつかなかった黒鹿毛だった。
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