名馬の記憶を、
再生する。
サイトの出馬表
このサイトの、すべての入口。- 今週の競馬WEEKLY重賞日程・観戦コラム・展開シミュレーション
- 名馬録HORSES馬柱と映像で辿る、一頭の全成績と引退後
- レースRACES重賞ごとの歴代優勝馬と、その映像
- 年表TIMELINE一年一走 — 1950年から、年ごとの紙面で
- 物語STORIES三冠馬の系譜、芦毛の怪物たち — 連載読み物
- 牧場帖BOKUJŌ-CHŌ北海道 — 引退馬たちの「いま」を訪ねる帳面
- ドリームレースDREAM時代を越えた夢の一戦を、千回走らせる
- このサイトについてABOUT方針・映像と画像の扱い・お問い合わせ
物語で辿る
テーマ別に名馬の歴史を読む・観る年表ICHINEN-ISSO — 2400m
牧場帖
一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。名馬録
スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。
マチカネフクキタル
通算成績22戦6勝
獲得賞金3億7,024万円
生年月日 1994.05.22(平成6年)毛色 栗毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 10人気 | 幸英明 | 2:15.6 | 上り37.3 | 映像 | |
| 10 | GII金鯱賞 | 中京 芝2000 | 8人気 | 四位洋文 | 2:00.5 | 上り36.3 | 映像 | |
| 7 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 5人気 | 藤田伸二 | 2:01.4 | 上り36.9 | — | |
| 5 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 8人気 | 佐藤哲三 | 2:14.0 | 上り36.6 | 映像 | |
| 7 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 4人気 | 佐藤哲三 | 3:16.8 | 上り35.1 | 映像 | |
| 2 | GII産経大阪杯 | 阪神 芝2000 | 2人気 | 佐藤哲三 | 2:00.0 | 上り35.6 | — | |
| 11 | GII読売マイラーズカップ | 阪神 芝1600 | 1人気 | 武幸四郎 | 1:38.1 | 上り38.6 | — | |
| 2 | GII京都記念 | 京都 芝2200 | 4人気 | 武豊 | 2:15.6 | 上り35.4 | — | |
| 13 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 5人気 | 岡部幸雄 | 2:34.3 | 上り37.0 | 映像 | |
| 8 | GII鳴尾記念 | 阪神 芝2000 | 4人気 | 南井克巳 | 2:05.1 | 上り38.3 | — | |
| 6 | GII金鯱賞 | 中京 芝2000 | 2人気 | 南井克巳 | 2:00.5 | 上り37.0 | — | |
| 1 | GI菊花賞 | 京都 芝3000 | 3人気 | 南井克巳 | 3:07.7 | 上り33.9 | 映像 | |
| 1 | GII京都新聞杯 | 京都 芝2200 | 1人気 | 南井克巳 | 2:13.1 | 上り34.2 | — | |
| 1 | GII神戸新聞杯 | 阪神 芝2000 | 2人気 | 南井克巳 | 2:00.0 | 上り35.2 | — | |
| 1 | さくらんぼS | 福島 芝1700 | 1人気 | 武豊 | 1:41.8 | 上り35.0 | — | |
| 7 | GI東京優駿 | 東京 芝2400 | 11人気 | 柴田善臣 | 2:26.4 | 上り35.2 | 映像 | |
| 2 | OPプリンシパルS | 東京 芝2200 | 6人気 | 柴田善臣 | 2:13.4 | 上り34.5 | — | |
| 1 | ムーニーバレーRC賞 | 京都 芝1800 | 1人気 | 上村洋行 | 1:46.4 | 上り35.1 | — | |
| 2 | 君子蘭賞 | 阪神 芝1600 | 3人気 | 上村洋行 | 1:38.0 | 上り37.8 | — | |
| 1 | 4歳未勝利 | 阪神 ダ1800 | 1人気 | 上村洋行 | 1:53.3 | 上り37.8 | — | |
| 4 | 3歳新馬 | 阪神 芝1600 | 5人気 | 藤田伸二 | 1:37.3 | 上り36.9 | — | |
| 3 | 3歳新馬 | 阪神 ダ1200 | 2人気 | 藤田伸二 | 1:15.1 | 上り39.0 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父クリスタルグリッターズCrystal Glitters | Blushing Groom | Red God |
| Runaway Bride | ||
| Tales to Tell | Donut King | |
| Fleeting Doll | ||
| 母アテナトウショウ | トウショウボーイ | テスコボーイTesco Boy |
| ソシアルバターフライSocial Butterfly | ||
| グレイトウショウ | シルバーシャーク | |
| ローズトウショウ |
旅程 — この馬の物語
1994年生まれの栗毛の牡馬。父クリスタルグリッターズ、母アテナトウショウ。主な勝ち鞍は菊花賞・神戸新聞杯・京都新聞杯。
三度目の仔
母のアテナトウショウは、父にトウショウボーイを持ち、母系をたどれば名牝シラオキに行き着く牝馬だった。競走成績は13戦2勝。1984年のクイーンカップで3着に入っている。 引退後は藤正牧場(のちのトウショウ牧場)で繁殖に上がるはずだったが、その馬格と血統に惚れ込んだ本巣信平が買い取り、北海道浦河の自分の牧場へ連れて帰った。のちの信成牧場である。 初年度の産駒はアサクサキャノンといった。1990年のセントライト記念でホワイトストーンの2着に入り、菊花賞の優先出走権を手にする。だが故障で本番には出られなかった。その後2戦していずれも大敗し、引退した。 1991年、本巣はアテナトウショウにクリスタルグリッターズを配合する。生まれた牡馬は、その年のクリスタルグリッターズ産駒でも五指に入ると評され、調教師や馬主からの問い合わせが相次いだ。ところが当歳の秋に頸椎を痛めた。二か月の治療も実らず、安楽死となる。本巣はこの仔を忘れられなかったという。 同じ配合をもう一度試して、1994年5月22日に生まれたのがマチカネフクキタルである。馬っぷりは死んだ兄に及ばなかった。ただ、丈夫だった。母は気性が激しく子育てを嫌がる牝馬で、仔を咬んだり蹴ったりすることがあったが、この仔は母に寄り添う位置を心得ていて、機嫌が悪いと早々に自分の部屋へ引き上げた。本巣は、今度の仔は賢い、と感心したという。 1995年7月の2歳馬特別市場で、細川益男が1610万円で落札する。冠名の「マチカネ」は、細川が旧制高校時代を過ごした豊中の待兼山に由来する。名は公募で決まった。もともと予定はなかったのだが、取材で所有馬が多くて命名に困ると漏らしたところ、公募してはどうかと勧められ、冗談で応じたはずが「公募決定」と記事になってしまい、後には引けなくなったのだという。応募は8999通。採用された「フクキタル」は、そのうちの5通だった。 栗東の二分久男厩舎に入った。
逸走から、ダービーの七着まで
入厩したころは、頭を高く上げて走る、ハミを取らない、という難しさがあった。 1996年11月30日、阪神のダート1200メートル。デビュー戦は単勝2.8倍の2番人気に推されたが、三コーナーで外へ逸走した。最後は追い込んで3着。勝ったのは1番人気の牝馬キョウエイマーチで、大差がついていた。翌春に桜花賞を勝つ馬である。 三週間後の芝1600メートルでも外へふくれて4着。ここで裂蹄を発症し、三か月休んだ。 年が明けて1997年3月15日、阪神のダート1800メートルの未勝利戦を上村洋行で勝つ。四月に君子蘭賞で2着、ムーニーバレーレーシングクラブ賞で1勝。五月のプリンシパルステークスはサイレンススズカの2着で、東京優駿の優先出走権を得た。 6月1日、東京優駿。11番人気だった。柴田善臣は三コーナーから動いたが、逃げたサニーブライアンを捕らえられず、0.5秒差の7着に終わる。 早めの仕掛けは、この馬には向かなかった。二分は、やはりクリスタルグリッターズの仔だと思った、と振り返っている。「一瞬の脚は速いんだけど、止まっちゃうんですよね」[^1]。脚を使う場所を選ばなければ勝てない馬だ、という見立てである。 ダービーの一か月後、福島のさくらんぼステークスを武豊で勝った。単勝1.4倍。ここで休養に入った。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア』日本語版「マチカネフクキタル」(二分久男の談話を引用)、https://ja.wikipedia.org/wiki/マチカネフクキタル 、閲覧日:2026年8月3日。
四コーナー、最後方
秋の始動は神戸新聞杯だった。菊花賞のトライアルである。 武豊はサクラローレルの欧州遠征に同行して不在で、鞍上は南井克巳に替わった。三年前にナリタブライアンで三冠を制した男である。 1番人気はサイレンススズカ。春にプリンシパルステークスでこの馬を負かした逃げ馬で、鞍上は上村洋行だった。三月にマチカネフクキタルへ初勝利をもたらした騎手が、この日は逃げる側にいた。 スズカは予定どおり先手を取り、後続を離した。マチカネフクキタルは道中ずっと後ろにいて、四コーナーでは十一頭の最後方にいる。 レースの最後の600メートル、先頭のラップは11秒7、12秒1、12秒5と落ちていった。前が止まったのである。大外に持ち出されたマチカネフクキタルは、同じ区間――上がり3ハロンと呼ぶ――を35秒2で駆け、1馬身1/4差でスズカを捉えた。時計は2分00秒0。重賞初勝利であり、菊花賞の優先出走権でもあった。 血統から長距離は無理だろうと見られていたため、陣営には秋を中距離で使う案もあった。この一戦が、それを消した。
血統が疑った
十月の京都新聞杯も、当時は秋に行われる菊花賞のトライアルだった。神戸新聞杯の走りが評価され、皐月賞と東京優駿で1番人気に推されたメジロブライトを抑えて1番人気に立つ。 ところがスタート後の一コーナーで進路をカットされ、中団に押し込められた。四コーナーでもまだ十二頭の後方にいる。直線は内へ進路を取り、外から来るパルスビートと、大外を回ったメジロブライトを振り切った。 トライアルを二つ勝ち、優先出走権を二度取った。本来なら本番の大本命である。 それでも菊花賞の単勝は5.0倍の3番人気にとどまった。1番人気は京都大賞典を勝ったシルクジャスティスの2.7倍、2番人気はメジロブライトの3.8倍。理由は血統だった。父クリスタルグリッターズは短中距離の種牡馬とみなされ、母の父トウショウボーイは菊花賞で3着に敗れている。三千メートルは持たない、というのが下馬評だった。 管理する二分久男は、十七年前にも同じ景色を見ている。1980年のノースガストである。人気の系統から外れた種牡馬アラナスの産駒で、神戸新聞杯を勝ち、京都新聞杯で2着に入り、菊花賞では5番人気だった。そして当時のレコードで勝った。馬体重は422キロだった。 同じ道順で、同じ舞台へ、二分は二頭目を連れてきた。
十一月二日、京都
晴れ。芝は良。十八頭が三千メートルの発走地点に並んだ。京都の外回りを回り、途中で坂を二度越える。 ゲートが開くと、人気薄の一頭がスタートと同時に先頭へ出た。マチカネフクキタルは前めの内、五番手あたり。折り合いはついていた。 スタンド前を過ぎ、向正面に入ると、時計が緩む。十三秒台のラップが四つ続いた。三千の中間は、どの馬も息を入れる時間になる。南井は動かない。内で、脚を溜めたままでいる。 三コーナーの下り坂で、大外からメジロブライトが上がってきた。人気馬が動けば、まわりも動く。それでもこの馬は内にいた。四コーナーを回るとき、前にはまだ八頭以上がいる。 残り八百。ラップが跳ね上がった。逃げ馬はまだ先頭にいて、外からメジロブライトが並びかけ、いったん前に出る。その内側で、南井が追い出した。 馬群を割った。上がりは33秒9。三千メートルを走ってきた馬の数字ではない。抜けたのは一頭だけだった。 ゴール板を通過したとき、後続との差は一馬身。3分07秒7。菊花賞である。
兄の分まで
細川益男が中央競馬の馬主になったのは1966年である。イギリスで手術を受けた折に、担当した医師の勧めで登録したのだという。それから31年目、初めてのGIであり、初めてのクラシックだった。 生産した信成牧場にとっても、初めてのGIだった。本巣信平の脳裏をよぎったのは、優先出走権を取りながら故障で菊花賞に出られなかったアサクサキャノンと、当歳の秋に死んだ全兄だったという。 「フクキタルが兄の分まで頑張ってくれたような気がしています」[^1] 二分久男にとっては、ノースガスト以来十七年ぶり、二度目の菊花賞だった。二頭とも、血統表で買われた馬ではない。 細川の所有馬には、同期にマチカネワラウカドがいた。ダートで重賞を勝った馬である。笑う門には福来たる――公募で選ばれた二つの名は、そういう対になっていた。京都の三千メートルで、片方が先に本当になった。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア』日本語版「マチカネフクキタル」(生産者・本巣信平の談話を引用)、https://ja.wikipedia.org/wiki/マチカネフクキタル 、閲覧日:2026年8月3日。
止まってしまう馬
六つの勝ち鞍は、すべて1997年のものである。 1998年の始動は金鯱賞だった。6着。勝ったのはサイレンススズカで、神戸新聞杯の答えを返された形になった。続く鳴尾記念は不良馬場の8着。そこから半年以上あいて、暮れの有馬記念には岡部幸雄が乗ったが13着。グラスワンダーが勝った年である。 1999年は京都記念を武豊で2着。1番人気に支持されたマイラーズカップは11着だった。産経大阪杯でまた2着に入り、天皇賞・春はスペシャルウィークの7着、宝塚記念はグラスワンダーの5着、札幌記念はセイウンスカイの7着。2000年は金鯱賞10着、宝塚記念はテイエムオペラオーの8着。 古馬になってからは、裂蹄と球節炎に悩まされ続けた。蹄の病気は、順調に使うことを許さない。三年近く、勝ち鞍はひとつも増えなかった。 2000年の宝塚記念のあと、調教中に右前の浅屈腱を痛めて引退が決まった。菊花賞から二年半あまりが過ぎていた。
福を貰いに
種牡馬にはなった。細川が個人で所有する形だった。クリスタルグリッターズの後継としては国内で数少ない一頭だったが、平地で目立つ産駒は出ず、障害のリワードプレザンが中山グランドジャンプで2着に入ったのが最高の成績である。2004年以降は種付けが年に二頭以下となり、2008年以降は産駒が生まれなくなった。2010年、種牡馬を退いた。 それからの十年を、マチカネフクキタルは山梨県北杜市の小須田牧場で過ごした。同じ赤と青の勝負服を着ていたマチカネタンホイザと同じ牧場である(タンホイザは2013年12月に死んだ)。年に百人から二百人が訪ねてきたという。甲府駅前のイベントにも、ウインズ石和にも出た。若いころの気の難しさは抜けていて、頭を触らせ、差し出された人参を食べた。牧場は、その名にあやかって福を分けてもらいに来る人たちに囲まれ続けた馬だった、と振り返っている。 2020年7月31日、二十六歳で死んだ。「最後は放牧場の草地で眠るように亡くなりました」[^1] 二分がダービーのあとに口にした見立ては、結局そのとおりだった。一瞬の脚は速く、そして止まる。だがそれは、馬を諦める理由ではなく、脚をどこで使うかという設計図だった。師が選んだのは三千メートルの最後の六百――血統表がいちばん無理だと書いていた場所である。そういう馬で二度菊花賞を勝ち、二分は2001年2月に定年を迎えて厩舎を閉じた。 名前は、京都で一度だけ、馬自身のために本当になった。残りの二十年あまり、それは会いに来た人のためのものだった。坂を登ってきて、鼻先へ手を伸ばして、少し笑って帰る。福来る、と書かれた馬に会うためだけに。
出典:スポーツニッポン「97年菊制覇マチカネフクキタル死す「最後は放牧場の草地で眠るように」」2020年7月31日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2020/07/31/kiji/20200731s00004000276000c.html 、閲覧日:2026年8月3日。
このサイトについて
名馬ジャーニーとは
名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。
情報について
本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。
競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。
文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。
画像について
本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。
映像について
本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。
動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。
名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。
広告について
本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。
アクセス解析について
本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。
免責事項
掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。
お問い合わせ・権利者の方へ
掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。