名馬の記憶を、再生する。

RACE & RETIREMENT FILM ARCHIVE

YouTubeに散らばる名レースの記録と、北海道で余生を送る引退馬たちの映像を、ひとつの蹄跡(ていせき)として結び直すアーカイブ。

レースの三分間だけが、馬の一生ではない。ゴール板の先に続く時間まで、辿れるように。

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メイショウタバルのイメージビジュアル
メイショウタバルMeisho Tabaru
Meisho Tabaru

メイショウタバル

通算成績15戦6勝

獲得賞金84,278万円

生年月日 2021.04.20(令和3年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
メイショウタバルの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GI宝塚記念 阪神 芝2200 2人気 武豊 2:12.1 上り35.3映像
2 GI大阪杯 阪神 芝2000 3人気 武豊 1:57.7 上り35.6映像
13 GI有馬記念 中山 芝2500 4人気 武豊 2:32.6 上り36.7映像
6 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 5人気 武豊 1:58.8 上り33.1映像
1 GI宝塚記念 阪神 芝2200 7人気 武豊 2:11.1 上り36.0映像
5 GIドバイターフ メイダン 芝1800 5人気 武豊 1:46.3 映像
11 GII日経新春杯 中京 芝2200 2人気 浜中俊 2:11.9 上り39.5映像
16 GI菊花賞 京都 芝3000 5人気 浜中俊 3:09.3 上り40.7映像
1 GII神戸新聞杯 中京 芝2200 2人気 浜中俊 2:11.8 上り36.0映像
取消 GI東京優駿(日本ダービー) 東京 芝2400 浜中俊
17 GI皐月賞 中山 芝2000 4人気 浜中俊 1:59.3 上り38.0映像
1 GIII毎日杯 阪神 芝1800 5人気 坂井瑠星 1:46.0 上り34.4映像
1 1勝つばき賞 京都 芝1800 3人気 浜中俊 1:46.9 上り34.0
除外 L若駒ステークス 京都 芝2000 浜中俊
1 2歳未勝利 阪神 芝2000 1人気 浜中俊 2:00.6 上り34.7
5 2歳未勝利 京都 芝1800 2人気 角田大河 1:48.3 上り35.1
4 新馬 京都 芝2000 3人気 角田大河 2:05.9 上り34.2

血統

金色の名は蹄跡に掲載 — その馬のページへ
メイショウタバルの血統表(左から親・祖父母)
ゴールドシップGold ShipステイゴールドStay Gold
ポイントフラッグPoint Flag
メイショウツバクロMeisho TsubakuroフレンチデピュティFrench Deputy
ダンシングハピネスDancing Happiness
STORY

蹄跡 — この馬の物語

道悪を蹴立てて逃げる黄金の船の末裔。武豊と石橋守の悲願を叶え、亡きオーナーへ捧げたグランプリホース。

浦河の春、黄金の船の血

2021年4月20日、北海道浦河町の三嶋牧場に、一頭の鹿毛の牡馬が生まれた。父は宝塚記念を連覇した稀代の暴れん坊ゴールドシップ、母はメイショウツバクロ。馬名は冠名「メイショウ」に熊本県の地名を重ねたものだ。三嶋牧場と松本好雄オーナーの縁は、武豊の父・武邦彦調教師の紹介に始まり30年以上に及ぶ。曽祖母メイショウサチカゼは、その武邦彦が管理し、若き日の武豊が新馬戦で乗って勝った馬。母メイショウツバクロは、石橋守が騎手として最後の勝利を挙げた相手だった。血と縁が、この馬の周囲にすでに静かに編まれていた。

道悪の鬼、現る

デビューは2023年10月、京都の新馬戦。重馬場を角田大河の手綱で駆けて4着、続く未勝利も5着と惜敗が続いたが、3戦目の阪神でようやく初勝利を掴む。年明けに若駒ステークスを右前肢ハ行で除外と運に見放されながらも、つばき賞を快勝。そして2024年3月の毎日杯、重馬場をハナから飛ばし、後続を6馬身ちぎって1分46秒0の好時計で圧勝した。「単なる道悪巧者ではない大物」――陣営の確信は、世間の評価へと変わり始めていた。

クラシックの挫折

だが、夢のクラシックは非情だった。皐月賞は果敢な大逃げで1000m通過57秒5という超ハイペースを演出。これが結果的にジャスティンミラノのコースレコード優勝を“お膳立て”する形となり、自身はスタミナ尽きて最下位17着に沈む。続く日本ダービーは左後挫石で無念の出走取消。秋、神戸新聞杯では浜中俊を背に再び単騎逃げを決めて重賞2勝目を飾るが、菊花賞は3000mで他馬に競られて戦意を喪失し16着大敗。「馬が嫌になってしまった」と浜中は唇を噛んだ。一発の魅力と脆さが同居する、難解な逃げ馬だった。

レジェンドとの邂逅

2025年、転機が訪れる。ドバイターフで初めて武豊が手綱を取り、世界の強豪を相手に逃げ粘って5着。そして6月15日、阪神の宝塚記念。前日からの雨で渋った稍重の馬場は、まさにこの馬の独壇場だった。6枠12番から好スタートを切った武豊は1000m59秒1のペースで単騎の逃げを打ち、最後はベラジオオペラを3馬身突き放してゴール。7番人気での戴冠は、武豊にとって「5番人気以下でのJRA・GI勝利」が自身初という、レジェンドにとっても意外な勲章となった。父ゴールドシップ(2013・14年連覇)に続く宝塚記念の親子制覇は史上4頭目。武豊には19年ぶり通算5度目(本競走最多勝)、JRA・GI通算84勝目。そして石橋守調教師には、開業13年目での悲願のJRA・GI初制覇だった。

「人がいて、馬がいて、また人がいる」

栄光の影に、別れがあった。馬主・松本好雄は2025年8月23日、中京3Rで個人馬主として史上初のJRA通算2000勝という前人未到の大記録を達成。そのわずか6日後の8月29日未明、すい臓がんのため87歳で世を去った。生前オーナーが遺した言葉「人がいて、馬がいて、また人がいる」は、武邦彦から武豊へ、騎手・石橋守から調教師・石橋守へと受け継がれた縁の物語そのものだった。秋の天皇賞は6着、暮れの有馬記念は13着と振るわず、明けて2026年大阪杯ではクロワデュノールに0.1秒差まで迫られながらも逃げ粘って2着。武豊は「やりたいレースはできた。悔いはない」と人馬をねぎらった。道悪を蹴立てて走るこの黄金の船の蹄跡は、いまも続いている。

天が降らせた雨

2026年6月14日、阪神。前年の戴冠から一年、メイショウタバルは2番人気で宝塚記念に帰ってきた。発走の直前、空が割れたように横殴りの雨が落ち、馬場は「良」から一気に「重」へと転じる。道悪を蹴立てて走るこの馬には、まさに恵みの雨だった。武豊は外枠から無理に先手を取らず、コスモキュランダを行かせて離れた2番手に収める。単騎で逃げた前年とは違う、折り合いを欠かさぬ静かな追走だった。直線、満を持して先頭へ立つと、1番人気クロワデュノールの猛追をクビ差しのいでゴール。勝ち時計2分12秒1。父ゴールドシップ(2013・14年)、クロノジェネシス(2020・21年)に続く史上3頭目の宝塚記念連覇であり、父ゴールドシップと同じ連覇を父子で果たすことにもなった。石橋守調教師もまた連覇、武豊は2週連続のGI制覇だった。レース後、武豊は突然の雨をこう振り返る——「嫌な気持ちではなかった。おそらく天国から松本(好雄)会長が降らせてくれたのかな、と」。前年の夏に世を去ったオーナーの名が、勝利の天気雨に重ねられた。「胸を張ってフランスへ」。レジェンドはメイショウタバルとともに、海の向こうを見据えている。

そのほかの現役時代のレース映像

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