名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

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ファレノプシスPhalaenopsis
Phalaenopsis

ファレノプシス

通算成績16戦7勝

獲得賞金4億6,651万円

生年月日 1995.04.04(平成7年)毛色 黒鹿毛性 牝

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ファレノプシスの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム映像
1 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 松永幹夫 2:12.8
7 GII札幌記念 札幌 芝2000 松永幹夫 2:00.5
10 GIIマイラーズカップ 阪神 芝1600 熊沢重文 1:35.3
8 GI有馬記念 中山 芝2500 蛯名正義 2:38.1
6 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 武豊 2:13.8
2 GII札幌記念 札幌 芝2000 武豊 2:00.2
5 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 武豊 1:20.7
10 GIIマイラーズカップ 阪神 芝1600 松永幹夫 1:37.3
1 GI秋華賞 京都 芝2000 武豊 2:02.4
1 GIIローズS 阪神 芝2000 武豊 2:04.4
3 GI優駿牝馬 東京 芝2400 武豊 2:28.4
1 GI桜花賞 阪神 芝1600 武豊 1:34.0
4 GIIIチューリップ賞 阪神 芝1600 石山繁 1:37.2
1 OPエルフィンS 京都 芝1600 石山繁 1:36.6
1 500万下さざんか賞 阪神 芝1400 石山繁 1:22.6
1 3歳新馬 阪神 ダ1200 石山繁 1:11.5

血統

金色の名は掲載馬 — その馬のページへ/点線の名は押すと一言解説
ファレノプシスの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
Fiji
STORY

旅程 — この馬の物語

1995年生まれの黒鹿毛の牝馬。父ブライアンズタイム、母キャットクイル。主な勝ち鞍は桜花賞・秋華賞・エリザベス女王杯。

四分の三の血 ― 十四年目の牧場

1993年の暮れ、イギリスのセリに一頭の三歳牝馬が出た。カナダ生まれ、二戦して勝ち星のないキャットクイル。走った記録より、血のほうが目立つ馬だった。九つ年上の半姉パシフィカスは、日本でビワハヤヒデとナリタブライアンという兄弟を産んでいる。この年、日本ではビワハヤヒデが菊花賞を、ナリタブライアンが朝日杯3歳ステークスを勝っている。 落札したのは前田幸治。北海道新冠町にマエコウファームを開いて、まだ十年に満たない生産者である。自分の牧場で育てた馬でGIを勝つ——その願いのために、彼はビワハヤヒデを管理する栗東の浜田光正に、産駒の管理と、翌春に付ける種牡馬の選定を頼んだ。浜田が推したのは、ナリタブライアンの父ブライアンズタイム。従兄と同じ父を持たせる、いわば「四分の三同血」の配合だった。 1995年4月4日、黒鹿毛の牝馬が生まれる。胡蝶蘭の学名を、そのまま名にした。ファレノプシス。 ただし、順調に育ったわけではない。幼いころは筋肉が硬直して動けなくなる体質に悩まされ、後躯は貧弱で、競走馬になれるかどうかを危ぶむ声さえあった。状態が上向いたのはデビューの年、1997年の春。9月に栗東の浜田厩舎へ入る。浜田も最初は半信半疑だったが、乗り込むうちに後ろ脚がしっかりしてきて、動きが変わった。

九馬身 ― 石山繁との三連勝

デビューは1997年11月30日、阪神のダート1200メートル。芝ではなくダートを選んだのは、脚への負担を考えてのことだった。鞍上は浜田厩舎の若手、デビュー3年目の石山繁。重馬場を1分11秒5で駆け抜け、2着に9馬身の差をつけた。当時の2歳レコードである。 続くさざんか賞で初めて芝を走って連勝。年が明けて1998年2月のエルフィンステークスも勝ち、三戦三勝で桜花賞の最有力候補に押し上げられた。 ところが3月のチューリップ賞で歯車が狂う。馬体重は前走から8キロ減の414キロ。1番人気に推されながらスタートで遅れ、道中から直線まで馬群に包まれたまま、ダンツシリウスの4着に終わった。陣営は決断する。本番の鞍上を、武豊に託す。石山がこの馬に乗ったのは、これが最後になった。

一冠目 ― 阪神の一分三十四秒

1998年4月12日、桜花賞。前走の敗戦が嫌われ、ファレノプシスは3番人気にとどまった。1番人気は重賞連勝中のダンツシリウス、2番人気はクイーンカップを勝ったエイダイクイン。馬体は10キロ戻して424キロ。 レースは松永幹夫のロンドンブリッジが引っ張った。2ハロン目と3ハロン目がともに10秒9という速い流れ。ファレノプシスは中団のやや前、6、7番手で脚をためる。4コーナーを回っても位置はほとんど変わらない。直線、武豊は馬場の中央へ持ち出した。前で粘るロンドンブリッジを残り100メートルで捉え、そのまま1馬身4分の1突き放す。勝ち時計1分34秒0。 牧場を開いて14年目、前田幸治にとって初めてのGIだった。出遅れて包まれたチューリップ賞の敗戦は、なかったことになった。

距離の影 ― 府中の三着

オークスは2400メートル。戦前から距離への不安がささやかれていた。それでも1番人気。武豊は後方で待つ策を取る。1コーナーを後方で通過し、4コーナーでもまだ10番手。直線で上がり3ハロン(最後の600メートル)34秒8の脚を使ったが、先に抜け出したエリモエクセルと、並んで追い込んだエアデジャヴーには届かなかった。3着、勝ち馬とは0秒3差。 レース後、武豊は「これほど距離が持つとは思わなかった。失敗した」[^1]と悔やんだ。距離を疑って構えたぶんだけ、届かなかった。二冠はここで途切れる。 夏、浜田は放牧に出さず、栗東で過ごさせた。9月のローズステークスは一転して先行策から押し切り、秋の本番へ向かう。

出典:『優駿』2005年7月号(日本中央競馬会)、井口民樹「サラブレッド・ヒロイン列伝 気高き血脈、咲き誇れり - ファレノプシス」54頁(ja.wikipedia.org/wiki/ファレノプシス_(競走馬) 経由で確認)、閲覧日:2026年9月5日。

三コーナーの坂 ― 秋華賞

1998年10月25日、京都。牝馬三冠の最後の一戦に、ファレノプシスは2番人気で立った。1番人気は、オークスで先着されたエアデジャヴー。 ゲートが開く。先頭を争ったのはショウナンハピネスとエガオヲミセテ。流れは速くも遅くもない。ファレノプシスは、そのずっと後ろにいた。1コーナーで中団の後ろ。2コーナーでも中団のまま。武豊は動かない。 京都の2000メートルは、向正面から3コーナーへ向かって坂を上り、そこから下る。動くなら、ここしかない。 3コーナー。ファレノプシスが外を回って上がっていく。中盤で流れが一度締まった区間——ラップは11秒9——を、この馬は前へ出るために使った。前にいた馬を外からひとつ、またひとつと飲み込み、坂を下りきるころには先頭が見える位置にいる。仕掛けは早い。まだ直線は遠い。だが武豊は止めなかった。 4コーナー。先頭に残ったエガオヲミセテに並びかける。直線に向いたとき、勝負はもう、この馬が前を捕まえるかどうかだけになっていた。 捕まえた。直線に入ってすぐ先頭に立ち、あとは後ろとの差を保つだけ。後方から伸びてきたのは人気薄のナリタルナパーク、同じブライアンズタイムの娘だった。それを1馬身半しのいで、ゴール。エアデジャヴーは3着。 中団から早めに動いて、そのまま押し切る。同じ世代の牝馬なら力が違う——数字がそう言っているような、力でねじ伏せた二冠だった。

銀の一年 ― 一九九九年

秋華賞のあと、浜田はジャパンカップ出走を口にしたが、状態が整わず回避した。休養に入り、年が明けると1998年の最優秀4歳牝馬に選ばれる。 1999年は、うまく回らなかった。3月のマイラーズカップは松永幹夫を背に10着。5月の京王杯スプリングカップはグラスワンダーから0秒2差の5着まで盛り返したが、目標の安田記念を前に熱を出して休む。夏の札幌記念では、同じ世代の二冠馬セイウンスカイに半馬身届かず2着。斤量は55キロと59キロ。相手のほうが4キロ重かった。 秋はエリザベス女王杯に直行し、1番人気。だが直線で進路を失い、連覇したメジロドーベルの後ろで6着。勝ち馬との差は0秒3しかなかった。暮れの有馬記念は蛯名正義で8着。グラスワンダーとスペシャルウィークがハナ差を争ったあの日、ファレノプシスは遠く離れて走り終えた。 2000年も同じだった。フェブラリーステークスを蕁麻疹で回避。マイラーズカップは熊沢重文で10着、その後に脚部不安。札幌記念は1番人気で7着、レース後に球節炎。不利で負けたエリザベス女王杯の雪辱だけを目標に、陣営は現役を続けさせていた。その一戦を最後に引退させることも、決まっていた。

会心 ― 二〇〇〇年十一月十二日

鞍上は松永幹夫。桜花賞でロンドンブリッジに乗り、直線でこの馬に交わされた男である。オークス、秋華賞、桜花賞と牝馬のGIを三つ勝ち、「牝馬の松永」と呼ばれた騎手でもあった。ファレノプシスとのコンビはこれが3度目。前の2度は10着と7着だった。 17頭立て。馬体重は440キロ、前走から8キロ絞れていた。人気は3番手。1番人気はフサイチエアデール、2番人気はトゥザヴィクトリー。 トゥザヴィクトリーが先頭に立ち、流れを落とした。中盤の2ハロンは13秒5、13秒2。ファレノプシスは5、6番手の内で、じっとしている。3コーナーの坂を下りながら前との差を詰め、4コーナーでは3番手。直線、2頭並んで抜け出したトゥザヴィクトリーとフサイチエアデールを目標に追い込む。上がり3ハロンは33秒6。粘るフサイチエアデールをゴール前で交わし、半馬身。 秋華賞から2年と18日。勝ち星のなかった時間の長さを、この一戦が締めくくった。松永は「ジョッキーとして会心のレース」[^1]と語った。桜花賞・オークス・秋華賞にエリザベス女王杯を加え、騎手として初めての「牝馬四冠」だった。

出典:『Number』738号(文藝春秋)、38-41頁(ja.wikipedia.org/wiki/松永幹夫 経由で確認)、閲覧日:2026年9月5日。

胡蝶蘭のレイ ― 十五年後の絆

2001年1月5日、京都競馬場で引退式が開かれた。ゼッケンはエリザベス女王杯の「2」。記念撮影では首に胡蝶蘭で編んだレイが掛けられ、関係者にも胡蝶蘭の花束が渡された。同じ月、2000年の最優秀5歳以上牝馬に選ばれる。 生まれた牧場に帰り、母になった。産駒は11頭。名を残すほどの馬は出なかった。けれど、この馬の物語は、産駒ではないところで続きを持つ。 栗東の佐々木晶三のもとへ、ノースヒルズは「ファレノプシスの仔」を送る約束をしていた。その仔は生まれなかった。ファレノプシスが受胎しなかったのだ。代わりに割り当てられたのが、20歳になった母キャットクイルが産んだ、15歳下の弟だった。名はキズナ。新馬戦の日から「ファレノプシスの弟」と呼ばれたその馬が2013年の日本ダービーを勝ったとき、鞍上には武豊がいた。姉の桜花賞と、弟のダービー。同じ騎手が、15年の間を置いて姉弟をクラシックへ導いた。グレード制の導入以降、これほど年の離れたGIきょうだいは例がなかった。 前田幸治の願いも、この一頭では終わらなかった。マエコウファームはノースヒルズと名を変え、2020年には弟・前田晋二の所有するコントレイルが無敗の三冠を成し遂げる。始まりは、1993年の暮れに落札した2戦0勝の牝馬だった。 ファレノプシスは2016年7月1日、新冠の牧場でくも膜下出血のため21歳で世を去った。 受胎しなかった、という空白がなければ、弟に馬房は回ってこなかった。牧場に最初のGIを運んだ胡蝶蘭は、自分の仔には渡せなかったものを、空いた馬房ごと弟に譲った。京都で首に掛けられたレイは、その日は一頭の飾りにすぎなかった。あの花が本当に何を咲かせたのかは、15年後の府中で、ようやく見えた。

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