名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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サムソンビッグのイメージビジュアル
サムソンビッグSamson Big
Samson Big

サムソンビッグ

通算成績35戦4勝

獲得賞金1934万円

生年月日 1991.04.14(平成3年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
サムソンビッグの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
6 OP小倉障害S 小倉 障2950 3人気 中竹和也 3:21.7 上り13.7
8 障害4歳以上OP 福島 障2750 2人気 中竹和也 3:20.3 上り14.6
3 障害4歳以上OP 中京 障2800 3人気 中竹和也 3:06.4 上り13.3
1 障害4歳以上400万下 中京 障2800 1人気 中竹和也 3:03.2 上り13.1
2 障害4歳以上400万下 京都 障2910 1人気 中竹和也 3:12.0 上り13.2
2 障害4歳以上400万下 阪神 障3000 1人気 中竹和也 3:22.6 上り13.5
4 障害4歳以上400万下 阪神 障3000 1人気 中竹和也 3:23.0 上り13.5
1 障害4歳以上未勝利 京都 障2910 3人気 中竹和也 3:11.2 上り13.1
13 GIII愛知杯 中京 芝2000 11人気 植野貴也 2:05.1 上り40.4
3 OP秋野S 新潟 芝1800 12人気 千田輝彦 1:50.0 上り36.7
8 OP夕刊フジ杯オパールS 京都 芝1200 12人気 菊地昇吾 1:08.4 上り34.3
9 OPオータムスプリントS 中山 芝1200 10人気 蛯名正義 1:10.5 上り35.6
10 OP青函S 函館 芝1200 9人気 鹿戸雄一 1:11.3 上り36.0
13 OPマリーンS 函館 芝1200 10人気 菊地昇吾 1:10.8 上り36.4
12 OP東海S 中京 ダ1700 8人気 菊沢隆仁 1:45.8 上り39.6
10 GIII東海テレビ杯金鯱賞 中京 芝1800 14人気 菊沢隆仁 1:49.6 上り37.4
7 GIII阪急杯 京都 芝1400 12人気 菊沢隆仁 1:20.6 上り35.1
15 OPシルクロードS 京都 芝1200 12人気 小島貞博 1:09.9 上り34.5
16 OP栗東S 京都 ダ1400 14人気 小島貞博 1:26.8 上り39.1
GIII愛知杯 中京 芝2000 13人気 渡辺薫彦
15 GI菊花賞 京都 芝3000 15人気 小島貞博 3:11.1 上り41.0映像
18 GI東京優駿 東京 芝2400 18人気 田所秀孝 2:34.2 上り44.0映像
14 GIII毎日放送京都4歳特別 阪神 芝2000 8人気 田所秀孝 2:05.6 上り41.2
17 GI皐月賞 中山 芝2000 14人気 田所秀孝 2:01.7 上り38.3映像
9 GIIフジTVスプリングS 中山 芝1800 7人気 鹿戸雄一 1:50.8 上り37.6
1 GIIIきさらぎ賞 阪神 芝2000 11人気 田所秀孝 2:07.4 上り36.0
11 GIII日刊スポシンザン記念 阪神 芝1600 12人気 芹沢純一 1:39.1 上り39.1
13 GI朝日杯3歳S 中山 芝1600 14人気 鹿戸雄一 1:37.2 上り37.9映像
2 OP福島3歳S 福島 芝1200 5人気 芹沢純一 1:10.9 上り36.5
14 GIIデイリー杯3歳S 京都 芝1400 11人気 田原成貴 1:24.5 上り37.0
3 OP萩S 京都 芝1200 3人気 武豊 1:10.5 上り35.6
2 GIII函館3歳S 函館 芝1200 7人気 鹿戸雄一 1:14.3 上り38.8
5 OPクローバー賞 函館 芝1200 7人気 鹿戸雄一 1:13.6 上り38.0
15 GIII札幌3歳S 札幌 芝1200 3人気 鹿戸雄一 1:14.1 上り38.7
1 3歳新馬 札幌 ダ1000 2人気 鹿戸雄一 1:01.5 上り36.6

血統

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サムソンビッグの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
サクラショウリパーソロンPartholonMilesian
Paleo
シリネラShirinellaフォルティノ
Shirini
シユンイチオーカンフロリバンダPrincely Gift
Astrentia
フジカワチャイナロックChina Rock
ツキカゲ
STORY

旅程 — この馬の物語

1991年生まれの鹿毛の牡馬。父サクラショウリ、母シユンイチオーカン。主な勝ち鞍はきさらぎ賞。

門別のサムソン牧場

1991年4月14日、北海道門別町のサムソン牧場に鹿毛の牡馬が生まれた。父はサクラショウリ、母はシユンイチオーカン。この牧場は馬主の田中由子と夫の八郎が夫妻で営んでいたもので、八郎はメガネスーパーの創業者である。馬名の前半は、生まれた牧場の名をそのまま受け継いだ。 名前はいかつい。馬体はそうではなかった。デビュー戦の馬体重は四百十二キロ。おとなしい馬で、洗い場から厩舎へ戻るときは引き綱がなくても人のあとをついて歩いた、と伝わっている。 血のほうは静かに大きい。母系を四代さかのぼるとイチジヨウが立つ。1953年のクモハタ記念を勝った牝馬だ。その母がクリフジである。1943年に東京優駿競走、阪神優駿牝馬、そして現在の菊花賞にあたる一戦を勝ち、十一戦して十一勝、負けを知らないまま走り終えている。さらに遡れば、小岩井農場が輸入した基礎牝馬アストニシメントに行き着く。ダービーを勝った牝馬の血が、五代を下ってこの小さな鹿毛に届いていた。 預かったのは栗東の鹿戸幸治。1993年7月10日、札幌のダート千メートルの新馬戦でデビューする。鞍上の鹿戸雄一は幸治の親戚にあたる。二番人気に応え、危なげなく勝ち上がった。

千二百メートルの馬

新馬勝ちの三週間後、札幌三歳ステークスで十五着。九月の函館三歳ステークスでは、重馬場の芝千二百を七番人気で二着に走り、マリーゴッドに次いでゴールした。このレースの六着に、ナリタブライアンがいる。のちに一年をかけて同じ舞台をめぐることになるが、この日はまだ、夏の北海道を走る新馬明けの二頭にすぎない。 十月の萩ステークスは武豊が乗って三着。デイリー杯三歳ステークスは十四着。福島三歳ステークスでもう一度二着に入り、暮れの朝日杯三歳ステークスで初めてGIのゲートに入った。勝ったナリタブライアンから二秒八離されている。 1993年に走った八戦のうち、五つが芝千二百だった。厩舎も周りも、この馬を短距離の馬として扱っていた。年が明けた1月のシンザン記念でも十一着に終わり、その見方は変わらなかった。

阪神二千メートル、単勝百七十二倍

京都競馬場が改装に入っていたため、その冬の関西の重賞はいくつか阪神へ移されていた。2月6日のきさらぎ賞も、いつもの京都ではなく、阪神の芝二千メートルで行われる。この馬にとっては未知の距離だった。 十一頭立ての最低人気。単勝は172.0倍。手綱を取ったのは田所秀孝。父も騎手であり調教師だった、京都生まれのベテランである。 ゲートが開くと、前に出たがる馬がいなかった。逃げ馬らしい逃げ馬が見当たらず、各馬が互いを見合ったまま一コーナーへ向かう。内で控えるつもりだった、と田所はのちに語っている。控えているうちに、前が空いた。押し出されるようにして、サムソンビッグが先頭に立つ。 そこから先は、この馬のための時間になった。前半の千メートルは六十五秒一。二千メートルの重賞としては、ほとんど止まっているに等しい流れである。しかも後続の目は先頭ではなく、その後ろで絶好の位置を取った一番人気マチカネジンダイコに向いていた。向正面で、二番手以下との差は二、三馬身に開いている。 残り六百メートル。マチカネジンダイコが動いた。それを見て後ろの馬も動く。サムソンビッグは荒れた内を、そのまま通った。三コーナーで差は詰まる。詰まるが、並びかけられない。ペースの上がらないまま、十一頭が直線を向いた。 外からイイデライナーが来る。大外からはタイキデュークが伸びてくる。先頭の脚は、もう一杯だった。それでも凌ぎ切ったところが、ゴールだった。アタマ差。 平地でこの馬が勝ったのは、この日が最後になる。

三冠皆勤

重賞をひとつ勝つということは、賞金を積むということでもある。当時のクラシックは収得賞金の順に出走馬が決まった。阪神の二千メートルを凌ぎ切った馬の名前が、その春、中山と府中の出馬表に並ぶ。 スプリングステークスは九着。勝ったのはナリタブライアンである。四月の皐月賞は十八頭の十七着。五月の京都四歳特別で十四着。そして東京優駿は、十八頭立ての十八番人気で十八着だった。勝ち馬から八秒五。秋には手綱が小島貞博に替わり、菊花賞は十五頭の十五着に終わる。 1994年の三つのクラシックすべてにゲートを出た馬は、二頭しかいない。三冠を勝ったナリタブライアンと、この馬である。皐月賞がブービー、ダービーと菊花賞が最下位で、当時は「あわや逆三冠」と語られた。 五代母クリフジは、五十一年前の東京優駿競走を、二十五頭立ての先頭で駆け抜けている。同じレースの最後尾に、その血が戻ってきたことになる。ただ、彼は三度とも走り切った。中山の坂を上り、府中の直線を走り、京都の外回りを三千メートル回ってきている。春と秋の大舞台に名前を並べ続けられる馬は、そもそも多くない。 のちに、よしだみほの『馬なり1ハロン劇場』は、この馬をナリタブライアンの唯一の親友として描いている。

距離を探した一年

1994年12月11日、中京の愛知杯。渡辺薫彦を背に出走したが、この日は競走を中止している。次に姿を見せたのは、四か月あまりのちの春だった。 1995年、厩舎は距離も馬場も試している。京都のダート千四百、芝千二百、芝千四百。中京の芝千八百とダート千七百。函館、中山、新潟。十一戦して、掲示板に載ったのは十一月の秋野ステークスの三着が一度きりだった。 十二月、一年前と同じ中京の愛知杯を走って十三着。平地の競走生活は、そこで終わった。

跳ぶ

1996年1月20日、京都。障害の未勝利戦が、転向後の最初の一戦になった。鞍上は中竹和也。三年前に障害で十二勝を挙げ、その年の最多勝利障害騎手に選ばれた男である。 結果は一秒三差の圧勝で、しかもレコードタイムだった。平地で二十七戦かけて届かなかったものが、跳ぶことを覚えた初戦で来た。 以後、障害の八戦すべてに中竹が乗る。二月、三月、五月と一番人気に推されながら、四着、二着、二着。勝ちきれない。四度目となる6月8日の中京でもう一つ勝ち、ようやくオープンに上がった。 新馬戦で四百十二キロだった馬体は、このころ四百五十キロ前後まで増えていた。小柄な馬ではなくなっている。 そして故障した。復帰までに一年かかった。

誰かを乗せて

1997年6月、中京で三着。福島で八着。7月19日の小倉障害ステークスは、七頭立ての六着だった。これが最後の一戦になる。 引退後、1998年度に筑波大学馬術部へ譲られた。翌1999年4月1日、日本馬術連盟に乗馬として登録される。登録番号一七五三〇。以後、彼は学生を乗せて馬術大会に出た。最高成績は五着。2008年の後半に栃木県の乗馬クラブへ移り、2009年12月まで大会に出続けている。記録に残る最後の姿は2011年2月のホースショーで、そこから先の消息はわかっていない。 あの阪神の二千メートルで手綱を取った田所秀孝は、翌1995年2月に騎手を引退した。生涯の重賞は三つ。1978年の阪神四歳牝馬特別、1993年のシンザン記念、そしてサムソンビッグのきさらぎ賞。最後の一つが、この馬だった。翌年に厩舎を開き、2018年12月22日、ニホンピロバロンで中山大障害を勝つ。調教師としてただ一度のGI級のタイトルを、田所は障害で獲っている。騎手として初めて挙げた勝利も、1971年5月、東京の障害戦だった。 平地の重賞をひとつだけ分け合った馬と人が、それぞれ違う道と違う時間を通って、同じ場所に行き着いたことになる。 1993年7月の札幌から、2011年2月の栃木まで。競走馬でいた四年より、人を乗せていた年月のほうがずっと長い。引き綱がなくても人の後ろを歩いたという鹿毛は、勝ち鞍の数ではなく、その背中で覚えられた馬だった。記録が途切れるその日まで、彼はずっと、誰かを乗せていた。

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